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精神・・GR DigitalⅡ with GR-Lens5.9mmf2.4+GW-1

ZEN
禅の精神とは?
およそ日本人よりも海外・それも主に欧米人に多いと思われるZENに傾倒する外人のほうが禅の精神を求めているように思われる。
私が考えるに、禅の精神とは『心を虚無にして物事の本質を見極めようとする心』ではないかと思う。
これは個人主義といわれる海外・主に欧米人の精神構造にマッチしているのかもしれない。

一般的には、一切の邪念を廃し、自己を突き詰めてみる事。と表現される事が多い。
ようするに、自己の内面に語りかける事を通して自分の本質に迫るものであると思うのである。
それは虚栄を廃した自己の本質と語り合う事でもあり、人間として全人格を自身に問う事ではないだろうか。

だんだん話は哲学的になってきたが、ありていに言えば自己分析と倫理観の育成に他ならない。
いやさ聖人君子でもあるまいし生半な修行ではおよそ到達できそうもない境地でもあろう。
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蟠龍庭
日本最大の石庭
白い小石で表現した雲海の中を 雌雄2匹の龍が
奥殿の建物を 守っている姿を表現している

禅寺には付き物のように感じる枯山水であるが、この日本最大の石庭は案外新しく昭和56年竣工との事である。
こうして見るとなかなかフォトジェニックではある。
こうした庭園を見ると心が落ち着くのはやはり日本人であると実感するのである。

これからは禅の精神を外人に譲るだけでなく、私も日本人として少しく大切にしてみたいと思うのであった。
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by e-leitz-yasu | 2012-07-30 22:33 | 近況

瞑想・・・GR-DigitalⅡ with GR-Lens5.9mmf2.4+GW-1

あまりに暑い
7月ももう少しで終わりを告げ夏本番の8月を迎えるのだから当たり前といえば当たり前ではあるが・・

しかし、随分とこのブログも更新が滞ってしまった。
これほど滞るといっそ閉鎖へと気持ちは傾くのであるが、今回本当に久しぶりに写真を撮る機会を得たおかげで閉鎖せずに置いておいた当ブログに載せようかという気力が湧いたのである。
という事で久しぶりにブログにログインしようとしてIDとパスワードの壁にしばし時間を費やしたのはご愛嬌である。
どうも年取るとこの手の事の記憶力が衰えてしょうがない(笑

さて、このたび久しぶりに写真を撮る機会を得たというのは昨日・日本有数のパワースポットでもあり、最近私の鬱症状に気をもんだ連れ合いから禅の『阿字観体験』を誘われたからなのだ。
場所は関西の避暑地といってよいような弘法大師・空海の開いた高野山である。
行ってはじめて知ったが平成27年には高野山開創1200年であるという。

持って行くカメラ決めた?
ってさほど気乗りはしなかったのだが、暑さに弱い私は高地で涼める事だけが楽しみで、言われるままにいつものデジカメと前回のカメラクラブでひょんなことで手に入れたプリモジュニアの純正フード、それを装着した4×4サイズのプリモジュニアをバッグに入れて同道したのである。
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真言宗総本山・金剛峰寺の蟠龍庭(ばんりゅうてい)

当初、禅を組んで心を無にして、等とするものだろうと思っていたが、では無く瞑想の中に入る一つの形であり和尚から禅の組み方・息の吐き方・心の眼で見る鐘の音等々
それもつらくない形で無いと気が集中できないから椅子に座ってやっても良いなどと、誠に本質だけに気をおいた教授には金剛峰寺の壮大さを差し引いてもこの無信教の私をしても帰依する気持ちが芽生えるのだからやはり偉大である。

ではその瞑想体験した事で私はどう変わったかというと、これからは何処に居ても半眼で、心の中の水面に落ちる小石が立てる波紋を見つめて平静が保てるような気がするのである。

事ほど左様になかなか有意義ではあったのだが、同じく体験の隣の女性の吐く息の音のやかましさが気になったのと、当然クーラーも扇風機も無い寺内の部屋では体験を終わった私は汗だくであったのは、まだまだ心頭滅却するには程遠い事をも実感したのである(笑

最後に付け加えるが金剛峰寺の和尚も認めるほど当日の暑さは厳しかったようである。
さすがに高野山でも全然避暑にはならなかったのは事実である・・(笑
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by e-leitz-yasu | 2012-07-29 17:16 | 近況