2013年 03月 13日 ( 1 )

教養・・・RolleiMinidigi with 無銘9mmf2.8

東京大学が推薦入試を検討
京都大学が教養課程の半分を英語で授業実施
昨年の新入社員によれば、時間の無駄と思えることは
1に朝礼、2に会議

昨日だったか、毎日新聞朝刊に載っていたことだが、本日同じく毎日新聞の夕刊の寸暇コラムに再掲されていた。
確かに我が国最高学府の東京大学ともなれば、入学試験に合格するのは至難の業である。
曰く、暗記力が優れていればそれで良いかというとそう一筋縄ではいかず、従来の知識を応用したひらめきが無いと回答に結びつける道筋が開けない。

とは言え、根底になる事は暗記した知識でもあるので合格の栄冠を勝ち取るにはガリ勉する必要もある。
ただ、中にはガリ勉無縁で合格しましたなんて人がいることも事実であるが、そういった人は一体どういった脳ミソをしてるのか科学の解明が待たれる(笑

以上の事から、指定校ではない一般推薦入試で、画一的なガリ勉タイプであるとか、IQ高く、がり勉無縁と言った学生達とは一味違った学生を集めて学内に多様性を持たせて相互学生のより以上の質向上と多様性に富んだ高度な人材育成成果を求めるのであろう。

方や、東の最高学府が東大とすれば西の最高学府と言ってよい京都大学では、ほぼ1・2年生で履修する『教養科目』の半分を英語での授業とする計画があるらしい。
確か、私の大学一般教養の第一外国語が英語で第二外国語はドイツ語である。

とすれば教養科目の第一外国語はすでに無く、入学までにそれ相当の語学力を有して来いという事である。
まぁ日本の英語学習においてはスピーキングは苦手でも、文章の読み書きの程度は高いと聞く。
それからすると一般教養の授業のある程度は英語であっても理解が出来るのではないかと思う。
ただここで素朴な疑問?
それら授業をする教授連は果たして英語で授業が出来るのか?
もし仮にネイティブの外国人が(これもまた時代錯誤な言い方だが)授業をするとなると、ヒアリングとスピーキングも向上して一石二鳥ではある。
さすが兄弟が、いや京大が考えることにはそつが無い(笑

となると、こういった大学教育を受けてきた新入社員が言う事である。
朝礼の無駄・会議の無駄
言われなくてもわかっているが、これは儀式である(笑
いやいや朝礼で大事な事の確認をしているとか、会議で重要事項が決定されていると言うのもわからないではない。
しかし、朝礼では『数字が足りないからもっとしっかりやれ』とか『今週(今日)はこんな事があるから忘れないように・・』ではそう言われても仕方が無い。

またこれは私が若い頃から言われているが、会議の多い会社は業績が良くない。
つまりうまくいかないから知恵を出し合って改善しようと言う意図で会議を開いているからなのだ。
また、得てしてこういった会議体から妙案が生まれる事は少ない。いつも堂々巡りで最後は落としやすい精神論に帰着する。これでは業績改善にはなりはしない。

まぁ私もぐちゃぐちゃと書き連ねてきたが、教養があるとはこういった東大だとか京大だとかではなくまして朝礼や会議が無駄な時間と思っても人間つつましく謙虚にまた素直に物事を受け取る事ができると言う事が一番教養がある人の態度であると思うのである。
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千鳥足で写真を撮るとその絵まで蜃気楼のようである・・

しかし、こういった教養のあるできた人間になるにはおよそ時間が足りないのを実感するのである。
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by e-leitz-yasu | 2013-03-13 20:27 | 近況