2011年 02月 02日 ( 1 )

焼物・・・GR-DigitalⅡ with GR-Lens5.9mmf2.4

京都の焼物と言えば、それは清水焼に止めをさすのではないだろうか?
他にも侘び・寂を具現化するような樂焼もあるが、美しいその造詣に模様はその器に盛られた変哲も無い料理が一躍料亭の料理でもあるかのように錯覚するものである。
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職人の手による絵付けに彩色と来ては、まこと 京文化に似つかわしい。

このように、なんだかんだとえらそうに言っている私だが、焼物の知識があるわけではない。
某テレビ局の〇〇鑑定団で見聞きするくらいでも、清水焼の肌の美しさと、姿の美しさ・形の面白さといったものについて好みの物といったものはある。
但し、だからといって骨董に手を出したり、価値云々するつもりも無いが・・

その鑑定団の象徴ともいえる鑑定士が、大幅に見込みの価値と違った骨董を前にして持ち主に言う言葉
『花の一厘でも飾って楽しむのが良い』また、『普段使いの料理を盛る器として』等々 焼き物本来を愛でるだけではない、使って楽しむ 人生を楽しむ要諦を説いてくれているような言葉が焼物の奥深さを表しているような気がするのである。

芸術と言われる、絵画に書道・彫刻に焼物等々・舞台芸術には全く疎いが、人生を彩るための芸術は大上段に構えたものではなく見て触れて感嘆を覚える楽しいものであるはずなのだ。
この器たちを目にしたときに感じた陰影を含めた美しさ、こう見えても美しいものには敏感なのである。
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by e-leitz-yasu | 2011-02-02 08:00 | 近況