正義・・RolleiFlex3.5E with C.Z Planer75mmf3.5

マイケル=サンデル
米 ハーバード大学教授
彼の『Justis』(正義)の授業は学部科目として絶大な履修者数を誇る。
それほど人気がある授業であれば聴講したいと思うのも無理は無い。
しかし少しばかりのネックがある。
そう、アメリカのハーバード大学まで出かけねばならないのだ。

いやいや語学の壁などたいしたことは無いが、物理的な距離と時間となると如何ともし難い(笑
だからと言うのでもないが、昨年はその授業を納めた本が
その名も
『これからの正義の話をしよう』副題「今を生き延びるための哲学」として早川書房から刊行されている。
お前遅いよの声も聞こえてきそうであるが、いまさらながら読んでいる。

面白い。
それは物語を追う面白さとはいささか異にするが、その副題の通り哲学的に考えさせられ数式に代表される誰もが納得する解を得ることは出来ないがその解を追い求めるのである。

例えば、高みから下を見るとスピードを出した列車の行く手に5名の鉄道作業員がいる。
運転士は気づいているがブレーキは利かない状態である。
このままでは5名の死は避けられぬ。
しかし、その作業員等の手前に待避線がありそちらにハンドルをきることは出来るのだが、そこにはやはり1人の作業員がいるのである。

さて、この場面でどうすべきか?
5人を助けるために1人を犠牲にするのか?

また、待避線も無くこの列車を止める物は手近にない。
しかし隣にたたずむ太った男をその列車の前に突き落とすと止まる事が判っているとしたら、やはり1人を犠牲に5人を助けることが出来る。

これらは状況的には1人を犠牲に5人を助けることになるのだが、判断の入り込む余地は全然違っている。
所謂、何が正解かわからないが、考えることである。
私の抜粋では伝わらないかもしれないが、なにやら考えることはフルマニュアルのクラシックカメラを操作する事とも似て、なんだか楽しいのである。
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絞りもシャッタースピードも考え、構図にピントと1枚の写真を得る為にやることはたくさんある。
それでも端のコンビニの袋に気づいたのは現像からあがってきたフィルムを見た時なのだから割り切れるデジタルとは一線を画するのである(笑
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by e-leitz-yasu | 2012-02-15 19:56 | クラシックカメラ